subscribe to the RSS Feed

Friday, August 18, 2017

バブル経済とその崩壊

バブル経済(バブル景気)

バブル経済バブルとは、投機などの過熱によって資産価値が実質価値をはるかに超えるほどに高騰し、その後急激に投機熱が下がり資産価値が下落するといった現象のことです。

泡が膨れ上がり突然はじける様に似ているためバブル景気、バブル経済と呼ばれます。通常日本でバブル景気というとき、1986~1991年の好景気期間のことを指します。

1985年のプラザ合意をきっかけに、中曽根首相は内需の拡大を宣言、それまでの緊縮財政から公共事業の拡大政策をとりました。円高不況を是正するためにとられていた低金利政策は、解除すると円高を招いてしまうので継続されました。

そして中曽根税制改革によって、法人税は42%→30%、所得税の最高税率は70%→40%へと大幅減税が行われます。物品税も廃止されました。

その結果、国家税収がそれまでの三分の二になった代わりに富裕層の所得が増大し、彼らは資産を土地や株式への運用に向けます。企業の財テクもさかんになっていきました。

さらに規制緩和・国営企業の民営化、日経新聞などが財テクを煽るなどの背景も手伝って、投機熱が加速、バブル経済が始まります。

株と土地への投機が盛んになり、土地は必ず値上がりするという土地神話が生まれ、多くの人が転売目的で売買に参加するようになります。

地価は異常な値上がりを見せ、数字上では東京23区の地価でアメリカ全土が買えるほどになりました。(銀行は土地を担保にがんがん貸付を行いました)

マイホーム主義の日本では、土地の値上がりを恐れて一戸建ての購入をいそぐ人が増え、それがさらに地価の上昇に拍車をかけました。逆に新居購入のために貯蓄していた家庭の中には値上がりのため購入をあきらめる人々も多く、彼らは浮いたお金で新車購入や旅行など大きな消費をするようになりました。そんな流れの中で、骨董品などの消費ブームが巻き起こります。

1986年になると、日本企業による欧米企業に対するM&Aがかなり進みます。三菱地所はニューヨークの象徴であるロックフェラーセンターを買収し、このころには世界中で日本脅威論が叫ばれました。

バブルの問題点

バブル経済では、インカム・ゲイン(資産を用いた経済活動)ではなくキャピタル・ゲイン(資産の値上がりによる差益)による収益を目指す手法ばかりがとられました。企業は本業より財テクに熱心だったほどです。

資産価格が高い金額で均衡すると、それ以上上がることはなくなり価格は下落していくことになります。資産価値の上昇が困難になった時点で、資産取引がトランプゲームのババ抜きのような性格に変わっていき、キャピタル・ロス(含み損)をいかに少なくするかがテーマになってしまいます。

そして、株価や地価は一気に下落、急激な景気後退に向かいます。

バブル崩壊

1989年、日銀は公定歩合を6度にわたって引き上げバブル潰しをはじめます。また政府が1990年に行った総量規制がバブル崩壊の引き金となります。(ただし、バブル崩壊の要因はバブルそのものであり、これらのことはそのきっかけにすぎません)

総量規制とは、大蔵省銀行局から通達として出された【土地関連融資の抑制について】のうちの内容のひとつです。

これは「金融機関は不動産向けの融資残高を、貸出し残高の伸び率より少なくしろ」というもので、これによって土地を担保にした融資の拡大が抑えられることになりました。行き過ぎた地価の高騰の沈静化を狙ったもので、その目的は達成されたのですが、結果的に急激な景気後退を招いてしまいました。

日経平均株価は1989年の38915円をピークに暴落し、1990年10月には20000円を割り半値近くになります。

地価も下がり続け、バブル景気時代に土地を担保に行われた貸付は担保割れし、各事業会社の収益は大幅に下がり、銀行は大量の不良債権を抱えることになりました。不良債権により銀行の経営は大幅に悪化し、1990年代にその負の遺産は引き継がれる形となります。

政府は大手の金融機関は破綻させない方針をとっていましたが、1995年頃から不良債権の査定を厳格化し、経営状態の悪い金融機関も破綻再生処理にとりかかりました。

その後、北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債権信用銀行、山一證券が破綻、これらの銀行をメインバンクとしていた企業も倒産の危機に瀕するか、あるいは倒産しました。

銀行は融資に必要以上に慎重になり、貸し渋り(健全な企業に対して新たな融資の拒否すること)と貸し剥がし(既存の融資を強引に引き上げる)が頻発するようになります。これは景気の悪化を加速させました。

銀行の方からすすめて行った過剰な融資を、今度は問答無用で強引に引き上げるという貸し剥がしは、銀行の信用を著しく低下させる結果となります。

バブル崩壊以降、日本は平成不況(失われた10年)と呼ばれる慢性的な停滞に陥ります。

home | top