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Thursday, March 30, 2017

ブレトン・ウッズ体制

ブレトン・ウッズ体制ブレトン・ウッズとは、アメリカのニュー・ハンプシャー州の北部にある町です。

第二次世界大戦終盤の1944年7月、連合国は通貨金融会議を行い、国際金融機構に関する協定を締結。1945年に発行しました。その内容は以下のとおりです。

ブレトン・ウッズ協定

1929の世界大恐慌に起因するブロック経済、為替ダンピング競争が世界大戦を招いたということは誰の目にも明らかでした。大戦により世界経済も大きなダメージを負い、混乱状態だったため、新たなルール、体制を作る必要がありました。

IMF(国際通貨基金)、IBRD(国際復興開発銀行)の設立とあわせて、これらの機関を中心とする体制をブレトン・ウッズ体制といいます。

IMF

IMF(International Monetary Fand、国際通貨基金)は通貨と為替の安定を目的とした国際連合の専門機関です。アメリカのワシントンに本部を置いています。

上述のブレトン・ウッズ協定によって戦後復興の一環として設立されました。簡単に言うと、国家を客とした金貸しです。

IMFは加盟国の国際収支が悪化した時に融資を実施し、国際貿易の促進をはかり、加盟国の失業率の改善や為替の安定などに尽力します。加盟国の中央銀行の取りまとめ役のような存在です。

設立に際して、経済学者のケインズ(イギリス)と政治家のハリー・ホワイト(アメリカ)が大きく関与し、ケインズはIMF総裁となりました。

IBRD

IBRD(International Bank For Reconstruction and Deveropment、国際復興開発銀行)は、ブレトン・ウッズ協定によって設立が決まった国際金融機関です。アメリカのワシントンにその本部をおきます。1947年以降は国連の専門機関となり、1960年に設立された国際開発協会と合わせて世界銀行と呼ばれます。

もともとヨーロッパの戦勝国向けに復興資金を援助するために設立され、非常にゆるい条件で貸付などが行われていましたが、復興が終了した後は発展途上国への開発資金援助に特化するようになりました。

プロジェクト単位で融資を行うことが多く、民間の機関に貸付が行われることがIMFとの相違点です。世界銀行の総裁はアメリカ出身者が就任することが暗黙の了解となっており、副総裁に日本人(服部正也)が選任されたことがあります。

ブレトン・ウッズ体制

当時、世界のGDPの4割、世界の金保有の7割をアメリカが占めていました。連合国の首脳は、為替ダンピング競争を避けるという名目で

  1. {各国通貨をドルと固定相場で結びつける}
  2. {金(きん)を一オンス(およそ31g)35ドルで交換できる}

ように取り決めました。

世界各国の通貨は金と直接的は結びつかなくなりましたが、ドルを通して間接的に結びつくという格好になりました。IMFはこの固定相場制を維持するために創立され、為替相場の安定に尽力します。

また1947年には、関税の引き下げと輸出入制限の撤廃を目的としてGATT(関税および貿易に関する一般協定、General Agreement on Tariffs and Trade)が発足されました。※1995年にWTO(世界貿易機関)が設立され、GATTはWTO協定の一部(通称1994年のGATT)として改正(解消)された。

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