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Wednesday, June 28, 2017

市場とは

市場市場(しじょう)とはモノやサービスがお金で売買される場所のことです。正確に言うと、需要者と供給者が財やサービスを貨幣で取引・交換する場所ということになります。

市場(いちば)というと、現実に存在する商店街のような取引の場をイメージしますが、市場(しじょう)は為替市場など物理的空間が存在しないものも含みます。ちなみに東京外国為替市場は、特別な建物があるわけではなく、円やドルを売買する電話のネットワーク(テレフォンマーケット)です。経済学では、【市場】にルビが振られていない場合、通常【しじょう】と読みます。

市場には商品市場のほかに労働市場、金融市場、外国為替市場などがあります。

経済学では、市場は、多数の売り手と買い手がいて、自由競争が行われ、需要と供給の法則が成立し、生産費の法則(生産価格=平均的生産費+平均的利潤)が確立されていると想定します。これを完全市場とよびます。

参考文献-初歩の経済学

価格の自動調整作用

価格の自動調整市場経済では、政府がモノやサービスの値段を全て決めているわけでもないのにある程度うまくいっています。その理由のひとつに価格の自動調整作用があります。

売り手(供給側)は利潤の追求が最大の目的です。買い手(需要側)は基本的にはできるだけ安く買いたいはずです。供給側は値段が高い時にたくさん売ろうとし、需要側は安い時にたくさん買おうとします。この性質によって価格が 適正なポイントに調整されていきます。(詳しくは需要と供給と価格の関係を参照ください)

このように個々は自分のことしか考えていないのに調和が取れていくさまを、経済学者アダム・スミスは「神の見えざる手による調和」と表現しました。彼は、政府は基本的に何もしないことが正解であり、個々の私利私欲の追求が経済を活性化させると主張しました。

社会に不要な(需要のない)財を生産している会社は、運営していくのに十分な価格で売れなくなり、いずれ生産停止に追い込まれます。逆に社会が必要とする(需要のある)財を作っている会社は増産し、その財の新規参入者も増えます。市場では、価格が変化することで資源が適正に配分されていきます。

価格は社会の需給関係を調節し、労働力などの資源を最も適切な割合で分配します。

参考文献-初歩の経済学

一物一価の法則

一物一価の法則例えば、駅の西口の店できゅうり一個100円、東口の店では200円だったとします。

西口の店ではきゅうりがたくさん売れ、きゅうり不足になります。そうなると値段は上がります。逆に、東口では大量に売れ残り値下げが必至となります。最終的には、きゅうりの値段はおのずと両者の中間の150円あたりで均衡することになるでしょう。

自由競争市場では、同一の財は最終的に同じ価格になります。これを一物一価の法則といいます。

自由競争市場では理論的には誰にも価格をコントロールすることはできません。そのため需要側も供給側も価格受容者(プライステイカー)と呼ばれます。

売る側も買う側も市場で決まる価格を受け入れる以外になく、いかなる財でも、同じものなら最後には同じ価格になるのです。

参考文献-初歩の経済学

価格の変化要因と価格弾力性

お札価格の変化要因

モノの価格はどんなことが起きると変化するのでしょうか。

たとえば所得が上がると、購買力も上がり需要が増加します。すると今度はモノの方が足りなくなり、価格が上がります。

技術革新が起きると、企業はそれまでより多くの財を低コストで生産できるようになるので、価格を下げて多く売ろうとします。

また消費税などの増税策が行われたり、政府の経済失政などが続いて国民が将来に対する不安感を募らせれば、需要は下がるでしょう。関連して、テレビ番組などによるネガティブキャンペーンなどメディアの情報操作よって、需給のコントロールを試みることが可能かもしれません。

価格弾力性

価格弾力性とは、価格が変化することで需要量がどれだけ変化するのかその度合いのことです。

生活必需品の場合、価格が多少上がっても買わないわけにはいきませんので需要が減ることはありません。同様に、生活必需品が安くなったからといって対して需要は増えません。よって生活必需品は、”価格弾力性が低い”といえます。

逆に、ぜいたく品や嗜好品は価格が下がるほど購入量が急激に上がります。薄型テレビやブルーレイレコーダーなどはその顕著な例といえます。このような財は”価格弾力性が高い”といえます。

参考文献-初歩の経済学

独占

寡占たった一社で市場を支配することを独占といいます。たとえば、関東地方では東京電力が電力業界を独占しています。(地方独占) また、少数の会社で市場を支配することを寡占といいます。日本の自動車業界では、トヨタ、ホンダなどわずか8社が業界に君臨しています。

自由競争社会では、能率の良い大量生産設備を持つ大企業がどうしても有利になってきます(規模の利益)。現代では、企業の巨大化・集中が進み、多くの産業において一社または数社で市場を支配、巨額の利潤を確保しているという状況です。

独占や寡占状態の市場では、自由競争市場とは異なり、有力な企業が価格を設定し他の企業は新規価格に従う形になります。(プライス・リーダーシップ) こうした管理価格の下では、自由競争が排除され、価格が下がりにくいという特徴があります。(下方硬直性)

1947年、独占禁止法が制定され、カルテルの禁止などが取り決められました。これによって、大手建設会社(ゼネラルコンストラクター=ゼネコン)の談合がたびたび摘発されています。このような法整備は、企業が利益を独り占めすることに対する道徳的な自粛を求めたものではなく、単に市場経済を効率的に働かせることを目的とします。流れが悪くなると、経済的にも社会的にも発展の妨げになるという理由が主なものです。

寡占状態では、非価格競争(宣伝・広告・品質・デザイン・無料配送・アフターサービスなど)が盛んになることが多いです。一方的なアナウンスにより、消費者の欲望は生産側に依存される格好になり(依存効果)、供給先導経済となってしまいます。洗脳のようなものですね。需要と供給は本来対等なのですが、供給側が圧倒的な主導権を持つことになり、粗悪品や不良品が出ても、消費者は泣き寝入りするしかない状態に陥ります。

ちなみに、アメリカでは1970年代からラルフ・ネーダーらが消費者主権を唱えてGM(ゼネラル・モータース)をはじめとする寡占企業のやり方が悪辣であると批判しました。

参考文献-初歩の経済学

市場の問題点

環境問題自由競争市場は、基本的に弱肉強食であり、ほうっておけば貧富の差は開くようにできています。

価格の自動調整システムは、稀少な労働力(高いスキル・生産性を持った人)に高い所得が分配されるといいかえることもできます。

所得分配に関する公平さは、どのような社会を目指すかによって議論の内容も大きく変わる難しい問題です。

高額所得者に対して過度に高い税金をかければ、彼らの多くは国籍を変えるかもしれませんし、そうなれば結果的に税収は減り国家は貧しくなります。国が貧しくなれば、福祉やセーフティネットも十分なものにすることができません。

逆に高額所得者を優遇しすぎると、格差が拡大し、階級闘争が激化・治安の悪化につながります。国家は治安の維持に大きなコストを払わなくてはならなくなります。また中流家庭の多くが低所得層に代われば、国内の総需要は大きく減少し経済効率は悪化、国家の経済成長の妨げになります。

さらに、市場を放置すると環境汚染に歯止めがきかなくなるという弊害もあります。価格の自動調整システムだけでは解決できない社会的損失は無数に存在します。

参考文献-初歩の経済学