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Wednesday, June 28, 2017

農業の開始

農業の開始人類は狩猟や漁を行いながら放浪生活をしていましたが、やがて農業をはじめるようになります。(約一万年前)

農業の開始によって、日々の糧が保証されない未開社会から、余剰生産物を生み出す定住生活に変わりました。そして、大きな川の近くでは文明が誕生します。

参考文献-初歩の経済学

産業革命

産業革命18世紀から19世紀にかけて、産業革命が起こります。

産業革命とは、工場制機械工業の導入による産業の変革と、それに伴う社会構造の変革のことです。産業革命はイギリスを震源地にヨーロッパ・アメリカ・日本に伝わり、歴史上かつてないほど強力で高度な機械的文明を生み出しました。

産業革命は多くの農民を工場労働者に変えていきます。

蒸気機関が人間の肉体労働を機械化すると、各地に工業都市ができ、そこに工場労働者が集中するようになりました。そしてそれに伴い、これまでの大家族は移動性のある核家族に変わります。

夫は工場に出て生活費を稼ぎ、妻は育児と家事に専念、子どもの教育は学校に任せるというシステムができあがっていきました。さらに数々の新発明や新発見がなされると、それによって生産力が爆発的に上がりました。

やがてベルトコンベアトランスファーマシンによる分業化・機械化により、婦女子でも作業が可能となります。

人間が機械の一部分となり、反復作業へと駆り立てられるようになると、人々の生活や考え方は画一化されるようになっていきました。そして、産業革命は農業社会とは比較にならないほどに、一般庶民の生活水準を引き上げることに成功しました。

こうした工業化に成功することをテイク・オフ(離陸)と呼びます。また、このようにして出来上がった社会は工業化社会と呼ばれました。

参考文献-初歩の経済学

市民革命と民営化

市民革命近世初頭の絶対主義の時代では、領主達が領地を支配していました。封建領主たちは国王の忠実な家臣であり、国家は統一的でした。膨大な数の官僚と常備軍が編成されており、いわゆる”大きな政府”だったといえます。

当時の産業資本家(市民)は重い税金をかけられ、出入りの商人たちは手厚く保護されていたため(重商主義)、市民達は革命を起こします。イギリスのピューリタン革命、名誉革命、アメリカの独立革命、フランスの大革命などです。

これら市民革命の理念は、建前としては「自由・平等・博愛」ということになりますが、実質的にはたんに税金の安い小規模な政府を望んでい たともいえます。

市民が望んだこの安上がりな”小さな政府”は夜警国家と呼ばれます。警官が夜中に放火魔や泥棒が出ないように市中を巡回するように、政府は治安と国防という最小限のことだけをすればよいという考え方です。

経済の分野でも、レッセ・フェール(なるに任せよ=政府は何もしなくて良い)の考え方が基本であり、これが20世紀の初期まで通念として通用していました。

しかし1930年代の大恐慌は、経済にとってあまりにも深刻な事態で、政府による財政政策が必要になります。アメリカのテネシー渓谷開発計画(TVA)、ドイツのアウトバーンの建設、日本の高橋財政などは、景気に対してテコ入れの役割を果たしました。これらは政府の役割を重視したケインズの経済思想に基づくものです。

第二次世界大戦後は公共事業や手厚い社会保障によって「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家が出来上がっていきます。高額所得者には累進課税、低所得者には手厚い社会保障が施され、社会そのものに自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)が組み込まれました。これによって、日本、アメリカ、西ヨーロッパ諸国の市民は歴史上かつてない「豊かな社会」の恩恵を享受できるようになります。

しかし1970年代、2度にわたる石油危機起き、世界規模でスタグフレーション(不況下のインフレ)が発生。スタグフレーションはケインズ政策では解決できませんでした。

1980年代に入ると、アメリカのレーガン政権、イギリスのサッチャー政権、日本の中曽根政権は政府機能を縮小、小さな政府を目指しはじめます。日本では数々の国営企業が民営化されました。小泉内閣の構造改革もこの延長線上にあったといえます。

参考文献-初歩の経済学

情報革命(IT革命)

IT革命情報革命(IT革命)とは、情報技術の発展により生活や社会が変革することです。

コンピュータ技術の発展によって、それまでの人間の精神労働の一部が機械化しました。

またIT技術が発達したことで、職種によっては定時にはじまり定時に終わるという形式から、伸縮自在なフレックスタイム制に移行しています。製造業の分野ではIC,LSIを使ったマイコンの登場によって、一品大量生産から多品種少量生産への転換がなされました。

ロボットのほかに、NC(数値制御装置)と結びついた複合工作機械が導入されたことで、人間が単純な肉体労働から解放され、生産過程の構造そのものが変わりつつあります。

工業化が行き着いた果てに、情報が最も重視される社会へと大きく変わることが予想されます。具体的にどんな社会になるのかイメージすることは難しいですが、この新しい社会では発展的、民主的なコミュニティが期待されると同時に、情報格差に対する危惧の声もあります。

ダニエル・ベルやアラン・トゥレーヌはこの情報化社会のことを「脱工業化社会」と呼びました。

参考文献-初歩の経済学

第一次産業、第二次産業、第三次産業

第三次産業第一次産業は、農業・林業・水産業のことを指します。自然から直接資源を採取する産業です。

第二次産業は、鉱工業・製造業・建設業などが属します。自然から採取した資源を加工することで高度な財を生産します。19世紀、第二次産業に従事する工場労働者の多くが青い作業服を着ていたことから、ブルーカラーと呼ばれることがあります。

第三次産業は、目に見えないサービスや情報などの生産を行う産業です。金融、保険、卸売り、小売、サービス業、情報通信業などがこれにあたります。第三次産業の労働者の多くが背広に白いカッターシャツという服装なので、彼らはホワイトカラーと呼ばれます。

現在の日本の産業比率

現代の日本は情報化社会に突入しているものの、工業化時代の名残も引きずっている状況です。就業人口者数では第一次産業から第二次産業、さらに第三次産業へどんどん移動しています。(ぺティ・クラークの法則)

第一次産業は、食を含めてすべての人々の生活を支える根本的な産業にも関わらず、従事者は労働人口の一割にも達せず、GDPの生産シェアもわずか数パーセントにすぎません。第二次産業は、労働人口でもGDPの生産シェアでも3~4割を占めています。ただし、第二次産業に属する産業でもブルーカラーよりもホワイトカラーが占める比重が大きくなっています。自動車メーカーなどでは作業自体はロボットが行い、少数の作業員がロボットの正常動作を監視するなどの業務を行っています。従業員の大多数は営業をはじめとする事務部門に従事しています。

20世紀後半以降は、工業化社会とはいってもブルーカラーよりホワイトカラーの労働人口がほとんどを占めています。今後本格的に到来する情報化社会では、勤務時間もフレックスとなり、服装も自由度が高まると予想されています。

参考文献-初歩の経済学