subscribe to the RSS Feed

Tuesday, May 23, 2017

トレードオフ

トレードオフトップページでも解説しましたが、トレードオフ(trade-off)とは、ある選択をすることで別の何かを犠牲にするという相反する関係のことをいいます。

私達は誰でも、生きていくうえで常に何らかの選択を行います。

ご飯を食べるかパンを食べるか、大学に進学するか就職するか、事の大小にかかわらず誰しもが常に選択に迫られているといえます。

個人だけでなく、社会も選択を行います。土地を公営住宅として国民に提供するのか、公園にして子どもの遊び場を確保するのか、駐車場として保有するのか。また景気対策として、政府支出を増やすのか減税をするのか、など常に決断に迫られています。

そしてどんな選択をするにしても、そこにはトレードオフがあります。

何かひとつのものをたくさん手に入れると、他の何かが少量しか得られなくなります。資源は限られているからです。このことを希少性と呼び、この希少性が存在するために私達はトレードオフに直面せざるを得ないといえます。選択が重要になるのは、そもそも資源が稀少だからなのです。

たとえば私達の所得は限られており、欲しいものすべてを買うことはできません。つまり、何を購入するのか選択せざるを得ません。小奇麗で広々とした家賃の高いマンションを買ったなら、趣味や遊びに使えるお金はその分少なくなるといったようなことです。

大金持ちで買えないモノなどないという人がもし仮にいたとしても、その人がトレードオフと無縁ということはありません。時間もひとつの稀少な資源だからです。キャバクラ嬢と明日渋谷でデートすると決めたなら、エジプト旅行は別の日にしなくてはなりません。

価格を下げれば商品は売れやすくなりますが、コストを下げれば品質も下がります。このとき、品質と安さはトレードオフの関係にあるというわけです。

人間の欲望は無限といえるほど日々拡大していきますが、誰にでもトレードオフは存在します。そして経済学を学んでいく上で、希少性の果たす役割は非常に重要です。

「何かを手に入れるために、何かをあきらめなくてはならない」というシンプルであたりまえに見えるこのトレードオフの概念は、経済学の基本というだけでなく、自らの人生を冷静に見つめる手助けとなることもあります。

参考文献-入門経済学第3版

インセンティブ

インセンティブ経済学で言うインセンティブとは、費用と便益を比較する際の意思決定を変化させる誘因のことです。

たとえばガソリンの価格が上がった場合、低燃費の自動車を購入するインセンティブは高まります。また、ある企業がもしオンライン中心の販売に切り替えたら、その企業はわざわざ立地が良く家賃の高いテナントを借りなくてもよくなります。つまり高いテナントを借りるインセンティブが減少するといえます。

経済学者は個人や企業などの経済主体の選択行動を分析する時、その経済主体が直面しているインセンティブに着目します。選択行動を理解するために、負のインセンティブも含めて最初に明確にする必要があります。

インセンティブに影響を与えるもっとも重要な要素はやはり価格です。ある財の価格が上昇すると、企業はその財の生産量を増やし利益を増やそうとします。逆に、賃金や機械設備などの資源の価格が上昇すると、資源を節約するような生産方法を開発するインセンティブが高まります。

また、大卒者と高卒者で所得に大きな差がある場合、その差に比例するように大学に通うインセンティブが高まるはずです。自動車の安全性が高まれば高まるほど、運転速度を上げるインセンティブが高まり、交通事故の確率が上がる、などのネガティブな例もあります。

参考文献-入門経済学第3版

交換

市場どんな経済主体(個人・企業・政府)でもトレードオフに直面し、選択をする際にはインセンティブに反応する、ということはすでに説明しました。

ほとんどの人々の生活は経済的に無数の他者の生活に関係しています。たとえば、アメリカに住んで現地で税金を納め、中国産の野菜を食べ、イタリア製の靴を履き、日本製の自動車に乗る、といった具合に私たちは世界規模でつながっているといえます。

地球全体で考えても資源は稀少です。その稀少な資源がどのように用いられるのか、どういった仕組みでその決定がなされているのかを、交換という言葉で説明することができます。市場における自発的な交換が資源の分配比率を決定していきます。

通貨が流通する以前の昔、海辺の村では自分たちが食べるより少し多く魚を獲り、山村の人々の持つ肉や毛皮と交換していました。海辺の村の人々にとっては手放した魚よりも肉や毛皮の方が高い価値を持っており、山村の人々は手放した毛皮や肉より魚の方が有益だとみなしたわけです。このように、人々は自発的な財の交換によって便益を得ることができることを昔から知っていました。

現代社会では、完全な自給自足で生活している人(すべてを自分で生産している人)はほとんどいないと思います。無数の財の交換が行われていて、それぞれがお互いに便益を得ています。たとえば私は会社に自らの労働力を売り、それによって得た所得と財(他者により生み出された生産物)を交換します。ふたりの個人だろうが、個人と企業だろうが、異国間の取引であろうが、自発的に交換を行った両者はともに利益を得ることができます。

経済学では、交換が起きる状況を全て市場(しじょう)とみなします。

製造業者は原材料を貨幣と交換する形で購入し、生産された財は卸売業者へ売られ、卸売業者から小売店へ、そして小売店から消費者へと販売されます。このような取引はすべて市場および市場経済という概念で包括的にとらえられます。

市場経済では、財・サービスの交換は価格に基づいて行われます。希少性が高い、あるいは生産に多くの資源を投入した財・サービスは価格が高くなります。たとえば英会話教室の月謝よりも弁護士への報酬の方が高く、液晶テレビは鉛筆より高価です。市場において、経済主体は希少性を反映した選択を行い、その結果、資源は効率的に利用されていきます。

価格に基づいて財の交換が行われる”市場”に着目することで、どのように資源が分配され、何が生産されて、誰が何を得ているのかを分析することができます。

参考文献-入門経済学第3版

情報

情報選択を行う際に、私たちはどんなインセンティブが存在するのかなどの情報を集めます。

当たり前ですが、情報がなければ中身もわからず、費用と便益を比較することができません。たとえば、企業は新しい機械を導入する際、性能や耐用年数などの情報が必要です。

情報は、無料で手に入れられるものと、有料で販売されているものがあります。購入するだけの価値がある情報なら個人も企業も手に入れようとしますので、情報の販売を専門とする組織も成長しています。

現在、インターネットから得られる情報の多くは無料ですが非常に有益なものも多いです。掲示板などではあらゆる情報が飛び交い玉石混交という状況ですが、全体としてみればほとんどの人にとって有益といってよいでしょう。

有料情報は他の財とは異なり、共有できるという側面を持っています。食品やDVDは共有できませんが、情報は多くの人で自由に共有することができ、だれかにしゃべったからといって情報を失うわけではないので、当人は直接的には特に損をしません。(※情報を多くの人が知ることで全体の状況が変わり、結果その情報から得られる利益が減るという可能性はあります。)

この特性から、有料情報は購入前にどんなものか確認することができません。自動車の試乗のようなことができないわけです。一度その情報を見れば、その情報を購入するインセンティブがなくなってしまいます。ちなみにこの性質をを逆手にとり、ありえない高額で売りつける”情報商材”なるものがいま社会問題となっています。ご存知ない方はインターネットを利用する際にはご注意ください。

情報が偏りやすく、不健全になりやすい市場も存在します。中古自動車市場では、ディーラーは車について多くの情報を持っており、その情報を捏造することで価格が大きく変えることができます。そのため売り手は誤った情報を消費者に伝えたいという強いインセンティブを持ち、消費者は与えられたほとんどの情報について盲目的に受け入れざるを得ないというケースが続出します。

法律による規制は進んでいますが、現在でも売り手が情報の優位性を持っていることには変わりありません。これは市場自体が不健全で非効率であるということを意味します。情報は、稀少な資源が効率的に利用されるかどうかの鍵を握る重要な要素といえます。

また、十分な情報はインセンティブを明確にしますが、不完全な情報はインセンティブを妨げます。

たとえば、国家は教職員が子どもたちに質の良い教育をするように望んでいます。しかしセールスマンの売上件数と違い、教員の教育の質を測定するのは非常に難しいといった壁があります。子どもの学力テストなどのわかりやすい指標もありますが、その他にもさまざまな価値観があり、また教職員組合が政治勢力と結びついているなどの背景もあったりと、基準を作るのが非常に難しいケースであるといえます。現状では、たいていの教師の給与は勤続年数に従って払われているようです。

分配

所得の再配分資本主義社会では、市場経済というシステムが「だれがどんな財・サービスを生産し、それを誰が手に入れるのか」を決めます。

個人または企業といった経済主体が、市場において何を欲し、どれだけ支払えるかは彼らの所得・資産しだいです。

職種による所得の格差があるため、市場において評価されない能力のみしか持たない人は、家族を養うのに十分な所得を得られないというケースが発生します。政府は生活保護や児童手当てなど所得の格差が社会にとって悪影響を及ぼさないように、あらゆる方策を打ち出しています。

しかし、こうした分配面での政策は経済的なインセンティブを弱めてしまうという懸念材料も抱えています。生活保護などは社会における重要なセーフティネットのひとつですが、その額が増えすぎると財源調達のために増税が必要になり、人々の労働意欲・貯蓄意欲が減退する恐れがあります。

また、生活保護受給者が一部の労働者以上に裕福な生活を過ごすという逆転現象が発生し、実態を知らない生活保護受給者がメディアで自分たちは哀れなのだなどと訴える奇妙な光景も目にします。それは低所得者層の不満につながり、社会不安の増大を生む恐れがあります。

ただしまったく政府介入しないのが正しいという経済学者はおそらくひとりもいないでしょう。分配面での公平性の問題と、経済効率の問題はトレードオフの関係にあります。適切なバランスでの政府介入がどの程度達成できるかが、現代経済における中心的な問題だといわれています。